階段ということー鹿の子台分譲住宅トリセツ2

意匠系建築学生の就職の際に必須のものといえばポートフォリオです。
ポートフォリオとは学生時代に描いた作品を冊子にまとめたもので、相手先企業に提出してデザイン力のプレゼンをします。
ところで当時、本当かどうか確認したわけではないのですが、某有名設計事務所ではポートフォリオ以外に面接時に学生にデザインテストとしてエスキスをさせるということを聞いたことがあります。
建築におけるエスキスとは設計のアイデアをまとめるためのラフスケッチのことです。
その題が「階段」なのだそうです。

つまり階段はデザイン力を理解するのにもっとも適しているということなのです。
実際の設計でも階段デザインは比較的設計者の裁量に任される部分が多く、設計者が力を注ぎたい部分です。

ただ分譲住宅の階段は上下移動の装置にすぎないことが多く、分譲住宅らしくない分譲住宅をつくりたい私たちはこの部分へのこだわりは捨てがたい。
私たちにとって階段は、空間を体験させ、住宅そのものを伝える「主役」のひとつ、特に階段の「位置」はとてもたいせつで、それは動線という以上の意味をもちます。

鹿の子台分譲住宅の階段の位置はどこであるべきか。
その特徴的な廊下の先、であることはほとんど自明のように思います。
階段を上がるとき目に入る景色はどうだろう、リビングに向かう導入のドラマをつくる軸線となるように、なによりその移動そのものが「豊かな経験」になるようにしたい。

唐突な話ですが、むかし潜水艦の内部を見学したことがあります。
潜水艦はときどき建築のメタファーになることがあり、たとえば潜水艦のような設計といえば、すぐ手の届くところに必要な仕掛けがあり最低限の動線で仕事が完了する、といったかんじです。

その見学はとても楽しかったのですが、同時に僕が思ったのは「これは建築ではない」ということです。(当然ともいえますが)
潜水艦では可能な限り歩かない。
しかし人は歩いて初めて建築を、住宅を感じることができると思うのです。

鹿の子台分譲住宅では外は小さく(控えめな外観)、内は大きく(豊かな経験)を目指しているのですが、そのために住宅の構成を「歩くことで実感する空間」として設計してあります。
その歩くリズムをいきいきとさせるもの、それが階段です。

「廊下」と同じようにこの階段にもオープンな棚が設置されているので、お気に入りの本や漫画といっしょにどうぞ階段でもたたずんでいただきたいと思います。
階段は段差があるので、それ自体が大きな椅子になります。
よい階段は読書にとても適した空間です。

廊下と階段にあるたくさんのオープン棚は、もちろん綺麗に飾っていただいてもかまわないのですが、設計の意図としてはできれば本や漫画で埋め尽くしてほしい。
壁一面の本や漫画があれば、たとえそのときは読まなくても次はあれを読んでみようと、廊下や階段を歩くたびにワクワクするかもしれません。
そして誰かが階段で本を読んだ瞬間にこの家は完成するのかもしれません。

早稲田大学のプロフェッサーアーキテクトであった吉阪隆正は階段の設計に並ならぬこだわりをもつ建築家として知られています。
吉阪さんはこんなことを言っていました。

階段の途中で立ち止まることを建築が許してくれるなら、その建築は人にやさしい。