天井高ということ

いつの頃だったか、たしか毛綱事務所にいたときに東京アクアラインの海ほたるの工事現場見学に参加したことがありました。
なぜ毛綱事務所にお誘いがあったのか、たぶんどこかのゼネコンからだったと思うのですが、忘れてしまいました。

ただ二つのことをよく覚えていて、ひとつは建設省(当時)の技官も同じタイミングで参加されていたのだけれど、ゼネコンの担当の方のその技官への対応が僕たちとまったく違って、驚いた。

もうひとつは土木の工事現場というものの男らしさ、と書くとジェンダー的に問題がありそうなのですが、そのときはそう思った。

海ほたるの現場には小型の船で行くのですが(開通前なので)、本当に小さな船でライフジャケットを着用して波しぶきに当たりながら進み、その真上を羽田を飛び立ったばかりのボーイングだかエアバスだかが至近距離で轟音を響かせるという、普段「ここは何ミリが心地よいかなあ」などとのんきな仕事をしている人間にはもうそれだけでノックアウトされた気分でした。

さらにシールド機による海底下での地中接合の精度は50ミリ以下と聞いて普段の仕事が少し嫌になりました。(実際は25ミリだったそうです!)

さてそんな土木からすると鼻白らみそうな「天井高」のお話。(でも僕たちには大切な)

天井高を気にされる方は多いです。
大手ハウスメーカーの天井高を売りにするコマーシャルがありました。
夫(竹野内豊)は本当は低くて狭い場所が好きなんだけれどなあという、さすがに上手なコマーシャルだなあと見ていました。

その影響ということではないでしょうが、天井高を気にされるというのは要は高い天井高を希望されるということです。
ところが「天井高」を検索するとすぐにわかるのですが、インターネット上では「低い天井」を推奨している作り手(プロ)がすごく多いのです。
竹野内さんには好都合ですが「え?なんで?どっちがいいの?」となります。

実際、設計事務所や工務店から低い天井を提案されているのだけれどどうなんだろう、と悩む住まい手の声がインターネットで溢れていて、それに対して低い天井に批判的な回答(ただしプロ以外からの)が多くみられるようです。
つまり「低い天井」は作り手が勧めるほどには住み手にはぜんぜん浸透していない様子です。

ところでこの「低い天井の勧め」の状況について僕はこれは「流行り」だと感じています。
伊礼智さんかな。
伊礼さんはとても人気のある住宅作家で、ご自身の美しく丁寧なプランやディテールを標準化して広めることに尽力されていて多くの工務店がそれを学んでいます。

その伊礼さんの天井高は2100程度で建築基準法ぎりぎりです。(居室の天井高は法律で最低寸法が決められているのです)
そこで伊礼さんに影響を受けた工務店が低い天井高を勧めているという構図かなと思います。

もともと建築家というのは低い天井を好む傾向にあるとよく言われます。
もっとも有名なのは吉村順三の2250でしょうか。(伊礼さんは吉村さんの孫弟子です)
村野藤吾も7尺5分(2272.5)を限度と言っていましたし、巨匠の吉村さんと村野さんが言うなら、と僕も思います。
けれども少し気になることがあって、ほんとうに建築家は天井を低く設計するのか。
ちょっとむかしの名作住宅の「最高」天井高を調べてみましょう。

聴竹居(28/藤井厚ニ)2700
夏の家(33/アントニンレーモンド)5200
土浦亀城邸(35/土浦亀城)4545
前川國男邸(42/前川國男)4500
自邸(44/吉田五十八)2430
最小限住宅(52/増沢詢)4660
斎藤助教授の家(52/清家清)2375
軽井沢山荘(62/吉村順三)3585
呉羽の舎(65/白井晟一)2400
白の家(66/篠原一男)3710
反住器(72/毛綱毅曠)不明
住吉の長屋(76/安藤忠雄)2250

あれ?そうでもない、むしろ天井は高い。
選び方が恣意的ではありますがそれでも建築家の天井は低い、とはならないようです。
この数字は「最高」天井高なのでつまりは吹抜けがあるということです。
安藤さんの住吉の長屋がいちばん天井が低いけれど、ご存知のとおり有名な中庭があるのでこれも天井が低いという印象はありません。
そうなるとこのなかで高純度の低い天井といえるのは吉田さんの自邸と清家さんの斎藤助教授の家、白井さんの呉羽の舎ということになりますが、どちらも2400近くなのでいわば普通、です。
そもそも吉田五十八自邸は近代数寄屋、呉羽の舎は民家的なので少なくとも低いとはならない。
つまり建築家の低い天井好みというのはもしそうであったとしても吹抜けとセットになっているのではないか、ということです。

もうひとつ気になっていることがあって、それは天井が低いほうがいいとする根拠です。
伊礼さんは天井が低いほうが広々と感じると説明されていて、僕も伊礼さんの設計した住宅を体験したことがあるので、なるほどと思います。

ただこれはプランや窓のサイズ、配置など、さまざまなディテールやデザインの要素が高度に組み合わされて成立するものだろうと思うのです。
単純に天井が低いイコール広々と感じる、そんなわけはないだろう、それなのにそれをそのままコピー&ペーストしている無邪気な工務店がいくつもあります。

実際、伊礼さんも「大きな家を設計するときは天井を低くしたりはしない」と言われています。
さらにそこまで無邪気ではなく、その根拠をもっとプラクティカルに説明している工務店はそのメリットとして光熱費を抑えることができる、としています。

僕はイヤかな、光熱費のために天井高が決まるのですか?それはちょっと貧しすぎじゃあありませんか?そもそも光熱費を気にしなくてよい性能をもちましょうよ。(メリットデメリットに分ける感覚も好きでないです)

あたまに言っておくべきだったかもしれませんがドイツの家の天井は高いです。
もちろん法的な制限によるのですが、2階リビングの場合で1階は2650、2階は3000。
1階リビングの場合はリビングを勾配天井にすることが多いのでリビングの最高高さは5000程度、その他の部屋は適宜。

名作住宅のうち、先生(毛綱)の反住器だけ不明としているのは、天井がないわけでも図面がないわけでももちろんないのですが、反住器は天井高という概念が通用しない気がするから。
そんな家もあるということです。