住宅のなかの都市ということ ー三田学園の家トリセツ-
三田の学園という場所にまた新しいドイツの家が完成しました。
今回のエセーではこの家を通して、「住宅のなかの都市」について書きたいと思います。
「都市のなかの住宅」ではないことがポイントです。
この住宅の設計は、玄関の近くに家族で使えるファミリークローゼットを設けたい、というお客様の要望から始まりました。
さて、ファミリークローゼットかあと思いました。
それは現代の住宅においてとても実用的な場所で、帰宅時の上着や鞄、子どもの持ち物、季節の衣類、洗濯後の衣服など、家族の生活に伴って生じる多くのものを一か所で受け止めることができる一方で、もっとも雑多になりやすい場所でもあります。
そこには生活の具体物が集まり、それらはしばしば空間の秩序を乱すものとして現れます。
その雑多さが玄関に続く空間を印象づけるのです。それは避けたかった。
そこで、ファミリークローゼットを住宅全体の構成をつくる中心的な要素として扱うことにしました。
玄関からファミリークローゼットを通して奥へ一本の見通し線を通す。
その線に沿って、奥に化粧室、洗濯室、キッチン、そしてリビング・ダイニング、さらに玄関に戻り吹抜けの階段、そして2階の子どもたちためのプレイルームへと生活の場所を配置していく。
帰宅して靴を脱ぎ、上着をしまい、手を洗い、家族のいる場所へ向かう。その日々の動きを、一本の線の上に重ねていく。
そのとき、ファミリークローゼットの景色はとても重要な役割を持ちます。
壁を落ち着いた色調とし、建具は天井と同じ高さとフラットな表情を持たせることで、玄関から奥へ続く通路の表情と空間の秩序を持たせます。
実はこのあたりの打ち合わせでは、お客様もファミリークローゼットの景色についてあるいは僕以上に思いを持たれており、空間だけがそこにあるようにと望まれていました。
一方で僕はその見通し線をお客様といっしょに設定することができたことで、次のステップを考えだしていました。
それが都市計画家ケヴィン・リンチの『都市のイメージ』でした。
リンチはその著作の中で、人が都市をどのように認識し、記憶し、移動するかを考察しました。
具体的には都市のイメージを構成する要素として、Path(道)、Node(結束点)、Edge(境界)、District(地区)、Landmark(目印)を挙げています。
都市は単に建物や道路の集合ではなく、人が歩き、覚え、方向感覚を得ることによって、ひとつの像として立ち上がるのだと。
リンチのこの考え方は、住宅にも小さく適用できるのではないか、と思いました。
住宅もまた、部屋の集合であるだけではない。
そこには、家族が毎日通る道がある。
場所と場所を分ける境界がある。
性格の異なる生活の領域がある。
動きが交わる結節点がある。
記憶に残る目印がある。
この住宅において、玄関から化粧室へ抜けるファミリークローゼットの見通し線は、リンチの言う path、道として読むことができます。
玄関はこの小さな都市への入口であり、階段まわりは、上階と下階、入口と奥、家事動線と家族の場所が交わるnode、結節点です。
「入口の地区」「身支度と家事の地区」「家族の地区」「子どもと余白の地区」が一本の見通し線によってゆるく連続して孤立せず、道によって結ばれています。
だから住人は、自分の家を「部屋の一覧」としてではなく、「歩ける環境」として経験します。
いくつかの照明器具や階段のデザインやアーチは住宅の記憶。
こういう小さなLandmark、目印でできている。
装飾というより、記憶のフック。
このように考えると、住宅の内部にも小さな都市的構造があることが分かります。
もちろん、住宅は都市ではありません。
そこにあるのは公共空間ではなく、家族のための私的な空間です。
しかし、住宅の中にも人の移動があり、出会いがあり、立ち止まりがあり、気配の交換がある。
完全に閉じた個室の集合ではなく、生活の行為が連なり、重なり、互いに関係を持つ場所として住宅を考えるなら、そこには小さな都市のような秩序が必要になります。
都市には、他者と共にいるための距離があります。
近すぎず、遠すぎず、互いの気配を感じながら、それぞれが自分の場所を持っている。
家族もまた、いつも同じ場所に集まっているわけではありません。
それぞれが身支度をし、家事をし、遊び、休み、ひとりになり、またどこかで出会う。
住宅のなかに道や結節点や境界があるということは、家族の生活にそうした距離と関係を与えることでもあります。
一緒にいることと、ひとりでいること。
見えていることと、隠れていること。
通り過ぎることと、立ち止まること。
それらが対立せず、ひとつの環境のなかでゆるやかにつながっている。
住宅のなかの都市とは、家族をひとつの場所に集めるための考え方ではなく、家族それぞれの時間が、互いの気配を持ちながら共存するための考え方なのだと思います。
そしてその都市は、完成した瞬間にできあがるのではありません。
家族がそこを歩き、使い、立ち止まり、何度も同じ風景に出会うことで、少しずつ自分たちのものになっていく。
住宅のなかの都市とは、家族の暮らしが時間をかけて描いていく、もうひとつの地図なのです。

【7月4日(土)/5日(日)】三田市学園ドイツ村 お客様邸完成見学会
▶︎開催日 2026年7月4日(土)/5日(日)
▶︎開催場所 三田市学園ドイツ村
※詳細な開催場所はお申し込み時にお知らせいたします。
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