ブログ

【建築家コラム】毛綱毅曠に弟子入り、建築家としての修行

オスモ&エーデル株式会社ハウジング事業部設計部長の永木です。本日は設計士のコラムということで私の経歴について少しお話をさせていただこうと思います。

私は神戸大学大学院工学研究科を修了後、建築家毛綱毅曠氏に師事。現在はオスモ&エーデル株式会社ハウジング事業部でドイツの家の設計を手がけさせていただいております。

建築家を意識しはじめた学生時代

私が建築家を意識しはじめたのは高校生の時。当日は住吉の長屋(すみよしのながや)を建築した安藤忠雄さんが有名で「建築家」という仕事に興味を抱くようになりました。

建築士講座を選んで大学に入った頃はポストモダン建築が流行していて、伊東豊雄、安藤忠雄、毛綱毅曠など野武士世代と言われた建築家が活躍している時代。もともと毛綱毅曠は神戸大学の教授の助手をしていたこともあり、私たちにとっては憧れの先輩でした。

そのような経緯から大学院を出た私は、憧れの毛綱毅曠のアトリエに就職することになります。ちなみに当時の初任給は12万円。仕事もハードで徹夜は当たり前、3日間寝てない日も珍しくないほど仕事に没頭していました。

憧れの毛綱毅曠のアトリエでの体験

当時はCADが出はじめた頃で、一つ上の先輩は手書きで図面を描く時代。先輩と一生懸命描いた図面に翌日、毛綱がいたずら書きをしていたことも今となっては良い思い出です。

当時の私の仕事は毛綱がスケッチに筆ペンで描いたアイデアを形にまとめるというもの。筆ペンの太さを見極めて毛綱のやりたいことを汲み取って図面にしていくという仕事でした。しかし、最初の頃はよく怒られました。

時には朝の4時に毛綱から電話がかかってきて「ちょっと思いついたんだけど事務所来れる?」と。まさに修行時代でした。

毛綱毅曠に学んだこと

毛綱の元で修行をしていた時代のことで鮮明に覚えているのが「設計にストイックで諦めない」という姿勢。色の見合わせや素材の使い方などが抜群に上手いというテクニカルな面も勉強になりましたが、現在私が建築家として仕事をする中で毛綱の影響を受けている部分は「設計やデザインに妥協をしない」ということ。

設計やデザインは正解がなくどこまでも追求できる仕事です。だからこそ、いざお客様に図面を見せる前には「これでいいのか」と必ず自問します。もっとできるのではないか、もっと良いデザインがあるのではないかと考え込むとき、私は今でも毛綱を思い出します。

永木 靖久
Nagaki Yasuhisa

神戸大学大学院工学研究科を修了後、建築家毛綱毅曠氏に師事、 現在オスモ&エーデル株式会社ハウジング事業部設計部長。 ドイツの現代住宅を日々研究し、機能的でありながら、デザイン と高度な温熱環境を両立した「美しい省エネ住宅」の設計を行う。

 

ドイツの家 フラッグシップモデル 「柏尾台モデルハウス」公開中

ご見学予約はこちらより

この記事を共有する

その他最新ブログ

ドイツの家の建築家が考える日本建築とは

【建築家コラム】毛綱毅曠に弟子入り、建築家としての修行

心地よさを生む空間のつくり方

ドイツの家 施工事例紹介 三田市ワシントン村

住宅の資産価値について考える

建築家のおすすめの収納家具ブランド〜TEAM7(ティームセブン)〜

CONTACT
「ドイツの家」に関するご質問・ご相談に
関してはこちらからお問い合わせください。